元少年院法務教官の武藤杜夫の経歴は?沖縄で設立した「日本子供みらい支援機構」とは!

日曜THEリアル!・居場所をください~限界密着・・・壊れていく子どもたち~

2020年2月23日(日)20時00分~21時54分に放送されます。

番組内容

虐待やいじめ・非行に走り、社会とも家族とも関われない「居場所がなくなった子供たち」とどう向き合えばいいのか。

そういった子供たちに、どうすれば「居場所」を作ってあげられるかなど。

様々な問題に向き合っていく人たちを密着するという内容。

今でも毎日のようにニュースで、いじめや虐待などの報道がされていますよね。

そんな中、全身全霊で子供たちの未来を守ろうとしている「元少年院法務教官の武藤杜夫」さんが出演されます。

武藤杜夫さんは、どんな方なのか?

また設立した「日本こどもみらい支援機構」とは何か、見ていきたいと思います。

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武藤杜夫

名前:武藤 杜夫(むとう もりお)

生年月日:1977年9月6日

年齢:42歳

出身地:東京都豊島区出身 沖縄県那覇市在住

高校:自由の森学園

職業:日本こどもみらい支援機構代表、法務省保護司

武藤杜夫 経歴

武藤さんは、父親が医師で母親は専業主婦そして弟が2人いる5人家族です。

小、中学生時代

小学校までは普通に学校にも通っていて、何気ない毎日でした。

ですが、中学に上がったとたんに「規則や校則」などでがんじがらめの窮屈な世界だと息苦しさを覚えた。

「世の中そんなもんだ」と言って受け入れている同級生が馬鹿に見え、心を閉ざしてしまい学校にも行かなくなった。

成績はもちろんオール1。

家族ともなにか違う存在に思えて、家も学校も何もかもが刑務所のように思えた。

そんな時ボクシングに出会い、憤りをぶつけ痛みを感じることで「生きている実感」を得ていた。

もちろん親には怒られてばかりで友達に迎えに来させたりや、カウンセリングなども行かされていたみたいです。

でも中学2年になるころには、親も諦めたのか何も言わなくなったそう。

それからは社会科で使う地図を持ち、自転車で家出を繰り返すようになり「外の世界の広さに感動」を覚えられた。

高校生時代

高校に通うつもりはまったくなかったが、

埼玉県の山奥に面白そうな学校『自由の森学園』があるのを知り一浪して通われました。

出典:自由の森学園

校則も制服もなく自由も多いが、狭い教室での授業になじめず近くの川で釣りをしたり、山で動物を追っかけたりして過ごしていたそうです。

面白そうな学校といえど、結局は学校ですからやることは同じですよね。

卒業生で有名な方は、「星野源」さん

「ハナレグミ」、タレントの「ユージ」さん

北の国からでお馴染みの「吉岡秀隆」さんがいます。

そして家出がだんだんとエスカレートして、

ヒッチハイクで車を100台以上乗り継ぎ、

福島や青森に北海道まで行ったこともあるそう。

そうしたなかで、三線に出会い興味を持ったことで高校卒業と同時に、東京から飛び出しヒッチハイクで沖縄まで渡りさらに竹富島まで渡られます。

高校卒業後

いろいろな仕事をしながら音楽を学び、誰も知り合いがいないのに三年間も過ごされたそうです。

でも不思議と昔からいたような感覚で心地がよく、みんなから唄が上手いと評判に。

そして県外出身者では初めて!?水牛車を引く仕事も任されたりと、放浪生活では一番長い滞在場所となった。

出典:Wikipedia

沖縄に来て3年ほど経ったある日「人を導く仕事がしたい」と思うようになっていた。

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支援をする職員を目指したのは

それはかつて自分も、放浪生活をしていた時のこと。

駅や橋の下で寝ていると知らない人から声をかけられ「ご飯を食べさせてもらったり」、

「家に泊めてもらったり」、「世の中のことを教えてくれたり」と出会った人全てが先生のようだったと思い返されます。

そういう人たちに出会い自分が変わったことで、僕も変わりたい誰かの「出会い」になろうと立ち直りを支援する職員を目指したきっかけ。

そこから猛勉強され、23歳で国家公務員採用試験を一発合格!

2001年から三年間、日本最大の成人矯正施設「府中刑務所」で刑務官として働いた。

受刑者はヤクザなど裏社会の人ばかりで、若造となめられながらも持ち前の強い使命感で仕事をまっとうした。

2004年には、宮古拘置支所(代用少年鑑別所宮古拘置支所に赴任し5年間子供たちと接する。

そして、2009年から沖縄少年院に勤務した。

十数年子供達と接してきて思ったこと

自分の少年時代と似た子がたくさんいた、精神的にひとりぼっちで自分には価値がないと思い込んでる。

そうではなく、逆に今までは「勝ち組」スポーツ万能でクラスの人気者だった子や全国大会まで行った子も。

だけど勝負の世界なので上には上がいたり、怪我や対人トラブルなど予期せぬことも起こります。

そういう挫折体験をきっかけに荒れる子たちが多く、勝ち続けてきた子ほど陥りやすい。

いわゆる非行少年と呼ばれる子は、おそろしく「競争心が強く負けず嫌い」で僕自身もそうだったと武藤さんは語られています。

非行少年は「大人の思い通りにならなかった子」ではない。

むしろ大人の狙いどおり、人を蹴落としてでも上に立とうとする子。

でも一番深刻なのは、気力さえも無くし家に引きこもるタイプの子で、なぜ深刻なのかと言ったら「一人ぼっちになってしまう」

そうだったんですね、これは経験者ではないとなかなか理解しにくい問題です。

本当に些細なことから人生が一転、なんてことがあるんですね。

しかし武藤さんは、2017年に幹部への昇任を断り突然辞職されます。

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日本こどもみらい支援機構設立

そして2017年4月に武藤杜夫さんと、その教え子である沖縄少年院の卒業生2名と再会。

それがきっかけで『日本こどもみらい支援機構』を那覇市に設立

出典:日本こどもみらい支援機構

日本こどもみらい支援機構とは

ディスカヴァー型相談支援事業

出典:日本こどもみらい支援機構

武藤さん自らが、沖縄の街へ出て自ら助けを出せない子たち(生きづらさを抱えるこども)を積極的に探索し接触を図る活動。

最近では、SNSでの救難信号や交流があるこどもからの情報提供など口コミが広がり、現在では紹介による依頼が9割こ超え県外からも相談が入るようになったとか。

接触を図った上で、適切な関係機関と連携してその状況を打開することを目的。

支援したこどもは、設立から約2年半で1,000人以上で、今も増えているそうです。

プライベートシェルター事業

出典:日本こどもみらい支援機構

先述のディカバー型相談支援では、虐待や家出などが多く犯罪に巻き込まれたりするケースが多かったそう。

特に深夜には、一旦こどもを安全な場所へ避難させることが大事。

でも児童相談所などに同行を試みたところ、入所を拒否をする子が多くいたんですって。

なので、本人の希望を確認し支援機構の事務所「プライベートシェルター」に一時的に保護する取り組みをされています。

入退所はこどもの意思を尊重し、速やかに保護者へ連絡し説明。

その際に帰宅の説得や問題の調整など、様々な機関と連携も行っているそうです。

2018年には保護の長期化で「専用の施設」を作って、弁護士や協力者と連携をとって居場所のないこどもを受け入れられているとのこと。

講演事業

出典:日本こどもみらい支援機構

現代のこどもたちの置かれている問題を解決するため、社会の関心を高め「大人」の意識を変えていくことを目的に啓発活動を行われている。

理由は、「子どもをかえることはできない」十数年こどもたちと関わってきた武藤さんは、変えてきたのは僕自身とのこと。

誰かがやるだろうと考える自分から「1人立つ自分に変わる

できない言い訳を探す自分から「どうやったらできるのかを考える自分に変わる」などを続けてきたそうです。

そういう姿勢を眺めていた子たちは、自然と立ち上がり自分なりの挑戦を始めるようになってきたんですって。

小さいことから少しずつ大きな挑戦を始めるようになった子供たち、その姿をみた人は「更生」と表現したそうです。

僕が彼らを変えているんではない、と武藤さんは言います。

深いですね、言葉ではなく背中を見て育っていくんですね。

武藤杜夫さんの経営されている団体はこちらです↓

日本こどもみらい支援機構

まとめ

元少年院法務教官の武藤杜夫の経歴、沖縄で設立した「日本子供みらい支援機構」についてでした。

素晴らしい活動だと思いました、子供を変えるのではなく自分を変える。。

その一つ一つが、子供を変えることにも繋がっていくんですね。

武藤さんは国や自治体から援助は受けておらず、講演活動や寄付などで完全に民間としてやられています。

国からの援助を受けると、縛りができ細かな動きがとれなくなるそうなので。

最近では、NTTドコモや人材育成の研修などでも依頼があったり他県でも活動されています。

これからの日本の課題の1つでもある、「子どもたちの未来」が明るいものになっていくことを願います。

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